亀田縞 - KAMEDAJIMA

[亀田縞の歴史]

「亀田縞」の復活と特徴

亀田縞は約300 年前日本が江戸時代の元禄9 年(1696 年)に新潟の亀田郷に生まれました。当時の亀田郷は「芦沼」 と呼ばれる約10,000 ヘクタールにもおよぶ巨大な湖であったが、その存在が湖として地図上に記載されることはなかった。

なぜなら亀田郷の農民達にとってそこは、湖ではなく農地だったからです。「芦沼」と呼ばれる地図にない巨大な湖で当時の農民は、 冬には雪の多い厳しい自然の中、冷たい水に腰まで浸かりながら水耕作業する生活であったが故に、農民達は農作業着には特にこだわり、 丈夫で衛生的でお洒落な柄が嗜好され「亀田縞」が生まれました。また当時は日本最北の綿花の栽培地で農家の重要な副業であった。

綿花を紡いで糸にし染めてから織る技術を学び綿の先染織物が根づき、やがて農業から機業へと推移して織物産地が形成されました。

全盛期には660 軒の機屋があった亀田産地ですが、戦後になって和装から洋装になり「亀田縞」も消滅してしまい、日本の繊維産業の 陰りとともに現在では2 社のみとなってしまいました。

ASHINUMA in old days

ASHINUMA in old days

「亀田縞」の復活と特徴

「亀田縞」が消滅してから半世紀余り後、「亀田縞」復活のプロジェクトがスタートしました。 郷土資料館より「亀田縞」の古布資料が発見され、徹底的に分析、古布を忠実・詳細に再現し2005 年に復活デビューしました。

復刻された「亀田縞」は手紡ぎ風のムラ糸を原料に用い、「亀田縞」独特の多彩なカラーを表現するため染料・染色方法にもこだわり、 ソフトでナチュラルな手触りの良さが特徴です。現在、「亀田縞」はその心地良さから日常空間を演出する癒しの衣料からサンドリー グッズまで多彩なライフシーンに融けこみ愛用されています。